華やかなイメージとは裏腹に、二階堂ふみの生い立ちは決して平坦なものではありませんでした。生まれ育ったのは沖縄県那覇市。家族構成は、東京都出身の父親と沖縄県出身の母親、そして一人っ子であるふみ本人の3人家族でした。
父親の職業は和食の料理人であり、厳格かつ職人気質の人物だったと伝えられています。一方、母親は映画やアートをこよなく愛する感性豊かな女性でした。しかし、二階堂ふみが11歳から12歳を迎える小学校高学年の頃に両親が離婚。親権は母親が持つこととなり、そこから母娘ふたりによる母子家庭の生活がスタートしました。
離婚の具体的な理由について本人は詳細を語っていませんが、過去のトーク番組や手記においては、両親それぞれの生き方を尊重した前向きな別離であったニュアンスが語られています。母子家庭となってからの家計は決して贅沢ができる状態ではなく、母親は飲食店や古着店などで働きながら、女手一つで一人娘を育て上げました。
決して金銭的に恵まれていたわけではありませんでしたが、母親は娘に対して「本物の文化に触れさせること」を惜しみませんでした。休日のたびに映画館へ足を運び、ミニシアター系の名作から洋画まで年間何十本もの作品を母娘で鑑賞した経験が、のちの女優・二階堂ふみの表現力の源泉となったことは間違いありません。