『シン・ゴジラ』のキャスト陣をめぐっては、公開直後からネット掲示板やSNSで賛否を巡る熱い議論が巻き起こりました。その最たる例が、石原さとみ 英語の評判と、脇を固めた名優たちの劇的な再評価です。
「ルー語」との批判を跳ね返したカヨコ・アン・パタースンのリアリズム
石原さとみ氏が演じたカヨコ・アン・パタースンは、次期アメリカ大統領の座を狙う野心溢れる日系アメリカ人3世という特異な出自です。日本語に英単語を交えてマシンガントークを展開するその喋り口調に対し、当初SNS上では「英語の発音に少し違和感がある」「ルー大柴のようで浮いている」といった手厳しい声が一部で見受けられました。
しかし、当時の関係者取材やパンフレットの記録を紐解くと、この違和感こそが「庵野総監督が狙い澄ました意図的な演出」であったことが浮き彫りになります。カヨコは「完全なアメリカ育ちでありながら、祖母の祖国である日本に対して愛憎交じりのプライドを抱く、アイデンティティの二重性を持ったキャラクター」でした。
石原氏は英語指導のネイティブコーチと連日リハーサルを重ね、猛勉強の末に撮影に臨みました。流暢すぎないこと、アメリカ的アグレッシブさと日本人の繊細さが混在するアンバランスさこそが、自衛隊員や厳格な官僚たちの中に投じられた異分子としての機能を果たしていたのです。物語の後半、防護服を着て矢口とともに立川の屋上で覚悟を決めるシーンでは、その存在感の太さに多くの観客が息を呑みました。
市川実日子と高橋一生が巻き起こした「巨災対ブレイク」
一方で、熱狂的な支持を集めたのが巨災対のメンバーたちでした。中でも尾頭ヒロミ役・市川実日子の演技は、邦画史に残る名演として絶賛されました。ボサボサの黒髪にほぼノーメイク、視線を合わせず早口のデータ解析だけを淡々と呟き続ける官僚像は、それまでの「女性キャスター風の華やかなヒロイン」を完全に解体。熱くならない公僕のプロフェッショナリズムが観客の心を鷲掴みにし、コミックマーケット等でファンアートが量産される社会現象となりました。
さらに見逃せないのが、高橋一生の役柄(安田龍彦)です。文科省から巨災対に派遣された安田は、当初「ゴジラの体内熱機関説」を否定して矢口に詰め寄るものの、事態の進展とともに自身の間違いに気づき、頭を抱えて「ごめんなさい……!」と絞り出すように謝罪します。
プライドの高いエリート官僚が、国家の危機に直面して即座に己の非を認め、徹夜で解析作業に没頭していくこのワンシーンは、高橋一生という役者のチャーミングさと演技の切れ味を広く知らしめました。本作出演を一つの跳躍台として、高橋氏が名実ともに国民的トップ俳優へと駆け上がっていったことは記憶に新しい事実です。