藤原紀香が世に出る決定的な契機となったのは、神戸親和女子大学在学中の1992年、第24回ミス日本グランプリを受賞したことでした。当時のミス日本コンテストは清楚でおしとやかな大和撫子タイプが主流でしたが、彼女が放つ身長171cmのダイナミックな肢体と英語で堂々と自己表現を行う知性は、審査員やメディア関係者に強烈な衝撃を与えました。
その後、ファッション誌『CanCam』の専属モデルに抜擢。当時の誌面を飾る昔の写真を見返すと、小麦色に焼けた肌に健康的な筋肉の陰影、スラリと伸びた脚線美が際立ちます。当時の編集担当者は後年のインタビューで「彼女がスタジオに入ると空気が一変した。単に細いだけのモデルとは違い、骨格から溢れ出るポジティブな生命力があった」と述懐しています。
従来の「守ってあげたい華奢な美少女」から「自立した健康的な美女」へ。藤原紀香が切り開いたモデル像は、バブル崩壊後の閉塞感を打ち破る新たなアイコンとして、瞬く間に同世代の女性読者を虜にしていきました。