映画監督・本木克英の凄みとは?名作群と監督協会での改革を徹底解剖

映画監督・本木克英の凄みとは?名作群と監督協会での改革を徹底解剖

映画監督・本木克英の凄みとは?名作群と監督協会での改革を徹底解剖とはどのようなものなのか? 専門的な分析を整理してお届けします。

富山県富山市に生まれた本木克英は、早稲田大学政治経済学部を卒業後、1987年に松竹へ入社しました。大学卒のキャリアでありながら、助監督として叩き上げの現場に身を投じ、日本映画の巨匠である木下惠介監督や、庶民の喜怒哀楽を描かせたら右に出る者がいない森崎東監督らの助監督を歴任。昭和から平成へと移り変わる撮影所の熱気の中で、人間描写の基礎を徹底的に叩き込まれました。

その後、アメリカ留学を経て1998年に『てなもんや商社』で長編映画監督デビューを果たします。同作で日本映画監督協会新人賞を受賞すると、松竹の看板シリーズであった『釣りバカ日誌』の11作目から13作目までのメガホンを託されることになります。山田洋次監督や栗山富夫監督が築き上げた国民的コンテンツを継承し、プレッシャーのかかる中で見事にシリーズを成立させた経験が、エンターテインメント監督としての強固な土台を形作りました。

さらに2007年には、ウエンツ瑛士主演の実写映画『ゲゲゲの鬼太郎』を監督。当時の最新VFXと親しみやすいキャラクター造形を掛け合わせ、興行収入約23.4億円の大ヒットへと導き、翌年には続編『千年呪い歌』も手がけました。伝統的な撮影所システムで培った演出力と、現代のデジタル技術・ファンタジー表現を両立させられる柔軟性は、助監督時代からの愚直な現場経験に裏打ちされたものです。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。