奈良公園の鹿が世界的なアイコンとなった根本には、単なる観光資源にとどまらない深い宗教的・歴史的背景が存在します。その起源は奈良時代、平城京が置かれた710年頃に遡ります。藤原氏が氏神を祀るために創建した春日大社において、主祭神の武甕槌命(タケミカヅチノミコト)が茨城県の鹿島神宮から白鹿に乗って奈良の高円山に降り立ったという伝説が語り継がれています。
この神話により、奈良の鹿は「神鹿(しんろく)」、すなわち神の使いとして神聖視され、手厚い保護を受けることとなりました。中世から近世にかけては、鹿を意図的に傷つけた者に対して極刑を含む厳しい処罰が科された歴史的記録も残されています。
明治維新期には神仏分離令や廃仏毀釈のあおりを受け、一時期は保護の後ろ盾を失って個体数が激減する危機に瀕しました。しかし、地元有志による保存会(現在の一般財団法人「奈良の鹿愛護会」の前身)の結成など、地域社会の献身的な保護活動によって個体数は回復を遂げます。第二次世界大戦後の混乱期を経て、1957年(昭和32年)には「奈良の鹿」として国の天然記念物に指定されました。
重要なのは、奈良公園の鹿が「家畜」や「飼育動物」ではなく、文化財保護法で守られた完全な野生動物であるという点です。都市空間において野生動物と人間がこれほど長期間にわたり境界線を共有し続けている例は世界的に見ても類がなく、海外メディアや研究機関からも極めて高い関心を集めています。