当時のプロ野球界において、遊撃手というポジションは守備の緻密さが最優先され、打撃では小技や俊足を生かすのが鉄則だった。その既成概念を粉々に打ち砕いたのが池山隆寛だ。1988年、自身初となる31本塁打を記録。遊撃手として史上初となる「30本塁打」の達成は、球界全体に計り知れない衝撃を与えた。
バットを極限まで引き抜き、全身の筋力を叩きつけるようなスイング。時に大空振りでヘルメットが脱げ落ちるシーンすら、神宮のファンを熱狂させた。批判を恐れずに己のスタイルを貫き通した姿勢が、背番号1を時代のアショックリーダーへと押し上げたのだ。