デビュー作にして爆発的な売り上げを記録したこの曲は、1977年の第19回日本レコード大賞で新人賞を受賞。勢いそのままに同年のNHK紅白歌合戦にも初出場を果たし、一躍全国区のスターダムへ駆け上がった。
テレビ番組やラジオを通してお茶の間に浸透した旋律は、昭和の歌謡曲シーンにおけるシンボリックな存在となった。兄弟ならではの呼吸の合い方と、哀愁を帯びたドラマチックな歌唱法は、当時の音楽界に鮮烈なインパクトを与え、数多くの音楽賞を総なめにする快挙を成し遂げたのである。
デビュー作にして爆発的な売り上げを記録したこの曲は、1977年の第19回日本レコード大賞で新人賞を受賞。勢いそのままに同年のNHK紅白歌合戦にも初出場を果たし、一躍全国区のスターダムへ駆け上がった。
テレビ番組やラジオを通してお茶の間に浸透した旋律は、昭和の歌謡曲シーンにおけるシンボリックな存在となった。兄弟ならではの呼吸の合い方と、哀愁を帯びたドラマチックな歌唱法は、当時の音楽界に鮮烈なインパクトを与え、数多くの音楽賞を総なめにする快挙を成し遂げたのである。