阿智村の花桃が他の名所と一線を画し、見る者を魅了してやまない最大の理由は、1本の樹木から赤、白、ピンクの花が同時に咲き分ける「三色花桃」の存在にあります。枝ごとに色が分かれるだけでなく、ひとつの花弁の中に絞り模様のように紅白が混ざり合う現象は、訪れる人々に「人工的に着色されたのではないか」と錯覚させるほどの鮮烈なコントラストを生み出します。
植物学的にこの現象は、遺伝子の突然変異やキメラ構造による色素発現の差によって生じます。園芸品種としては「源平(げんぺい)」などと呼ばれ、平安時代の源平合戦で源氏の白旗と平氏の赤旗が入り乱れた故事に由来します。阿智村では長年にわたり、地域住民の手によってこの三色花桃の接ぎ木と育成が丁寧に行われ、村全土へと増やされてきました。
歴史の記録を紐解くと、この地に花桃が根付いた背景にはひとつのロマンが存在します。大正11(1922)年、木曽川の水力発電開発に尽力した「電力王」こと福沢桃介(福沢諭吉の娘婿)が、ドイツ・ミュンヘンを訪れた際に花桃の美しさに感銘を受け、3本の苗木を日本へ持ち帰ったことが始まりとされています。その苗木が妻籠から大桑の発電所敷地に植えられ、やがて昭和の後半から阿智村の国道沿いや月川温泉周辺の地域住民へ「地域を花でいっぱいにしよう」と分け与えられました。半世紀以上の歳月をかけて手入れを続けた住民たちの情熱こそが、現在の日本一と称される桃源郷を作り上げた真の要因です。