サニブラウンの卓越した身体能力の背景には、両親から受け継いだ遺伝的資質と、家庭内で育まれた自立心があります。
父親のラティフ・サニ・ブラウン氏はガーナ出身で、かつてサッカー選手として活躍した経歴を持ちます。来日後は都内でスポーツバーなどを経営し、異国の地で逞しく生き抜くバイタリティを示してきました。一方、母親の明子さん(旧姓・伊藤)は、高校時代に名門・福岡県立宗像高校でインターハイに出場し、100mハードルや短距離走で全国大会を経験した本格派のスプリンターです。
サニブラウン自身、小学校時代はサッカーに熱中してフォワードを務めていましたが、母・明子さんは息子の走力と骨格バランスを見抜き、「集団競技よりも、自分の努力と責任がダイレクトに結果へ結びつく個人競技のほうが合っている」と判断。陸上クラブへ導いたことが、世界的スプリンター誕生の契機となりました。
家庭内では「自分の決断に責任を持つこと」が徹底して教育されました。学業をおろそかにせず、英語教育にも早期から触れさせた母の先見性が、後の米国単身留学を支える土台となったのです。また、7歳年下の弟であるサニブラウン・ハナン選手もアビスパ福岡のアカデミーなどを経てサッカー界で頭角を現しており、兄弟で異なるプロスポーツの舞台で刺激を与え合っています。