「煙が出ている程度なら、徐行して通り抜けられないのか」という疑問を持つ乗客は少なくありません。しかし、現場では人命救助と二次災害防止を最優先とする厳密な物理的制約が働いています。運転見合わせが不可避となり、さらに長期化する最大の要因は「消防隊の放水活動に伴う架線の送電停止要請」にあります。
一般的な電車の頭上には、直流1500Vや交流2万Vを超える極めて高い電圧の架線が張り巡らされています。この高圧電線が生きたままの状態で消防隊が放水を行うと、水流を通じて消防隊員が感電死する致命的な危険が生じます。そのため、消防が線路近接エリアで消火活動に入る際、消防本部は鉄道指令所に対して直ちに「送電停止(き電停止)」を要請します。
送電が止まれば、該当区間を走行中のすべての電車が走行不能に陥るだけでなく、空調や車内電源も制限されます。さらに、もう一つの大きな理由が「信号通信ケーブルの焼損リスク」です。線路沿いのトラフ(配線溝)には、列車の位置を検知して衝突を防ぐATC(自動列車制御装置)や信号機をつなぐ基幹ケーブルが埋設されています。外見上はボヤ程度に見えても、ケーブルの被覆が熱で溶解すれば信号システムが全停止し、全列車の安全担保が物理的に不可能となります。