シグネットリングとは、指輪の頂点にある「ベゼル(台座)」と呼ばれる部分が平坦に削り出され、そこに紋章やイニシャルなどの意匠が彫り込まれたリングを指します。日本では古くから「印台(いんだい)リング」の名称でも親しまれてきました。
その起源は極めて古く、紀元前3,500年頃の古代メソポタミアや古代エジプトにまで遡ります。ファラオや権力者たちは、粘土板やパピルスに自らの権威を示す印鑑として、指に嵌めた印章を押し付けていました。ヨーロッパの歴史家やジュエリー研究機関の資料によると、ヨーロッパ中世から近世にかけての約5,000年間、シグネットリングによる封蝋(シーリングワックス)の捺印は、自筆の署名(サイン)以上に法的な拘束力と身分証明の証拠能力を持っていたと記録されています。
この指輪がファッションの文脈で決定的な地位を築いたのが、19世紀ビクトリア朝を中心とする英国貴族社会です。当時の英国紳士道(ダンディズム)において、男性が過度な宝石や華美な装飾品を身につけることは「軽薄で下品」とみなされていました。結婚指輪と時計、そして家系を証明する実用具であるシグネットリングだけが「紳士に許された唯一のジュエリー」として認められたのです。
英国貴族がこの指輪を伝統的に「左手の小指」につけていたのには、明確な実用上の理由があります。利き手を使って手紙や公的文書に溶かした蝋を垂らした際、最も邪魔にならず、かつスムーズに印面を押し当てることができたのが小指だったためです。英国王室のチャールズ国王が、長年にわたりウェールズ公の象徴である「プリンス・オブ・ウェールズの羽根」が刻まれたゴールドのシグネットリングを左手小指に肌身離さず着用している姿は、世界中で広く知られています。