古文「をかし」の意味とは?「あはれ」との違いと枕草子の現代語訳を徹底解説

古文「をかし」の意味とは?「あはれ」との違いと枕草子の現代語訳を徹底解説

古文「をかし」の意味とは?「あはれ」との違いと枕草子の現代語訳を徹底解説とはどのようなものなのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。

インターネット上の教育系掲示板やSNSでは、古典を親しみやすく解説しようとするあまり、「清少納言は現代で言うところの毒舌ギャルであり、『いとをかし』は『超ウケる』『マジ神』と同義である」といった極端な要約が散見されます。

読者の興味を引くキャッチコピーとしては一理あるものの、文化史的・社会学的な視点から見れば、この解釈は本質を見誤る危険を孕んでいます。

歴史社会学および国文学の研究成果が示す通り、清少納言が仕えた中宮定子(藤原定子)のサロンは、兄・藤原伊周らの政争敗北(長徳の変)によって、政治的には極めて過酷な没落の淵に立たされていました。夫である一条天皇の寵愛を巡り、藤原道長の娘・彰子(紫式部が仕えた)が台頭する中で、定子後宮の空気は本来であれば絶望と悲壮感に覆われていたはずなのです。

そうした暗黒の時代状況下で、清少納言はあえて政治的な怨嗟や落魄の影を『枕草子』から徹底的に排除しました。春の曙光、夏の夜の蛍、白く咲き誇る梨の花、主君・定子との機知に富んだ対話の輝き――これら「知性によって照らし出された純粋な美の世界」を言語空間に構築し、永遠に留め置くために選ばれた言葉こそが「をかし」でした。

したがって、「をかし」は軽薄なバラエティ的「ウケる(funny)」ではなく、過酷な現実を美学とユーモアで乗り越えようとした、貴族女性による極めて気高く切実な批評精神だったのです。

この「知的・肯定的な美感」が、室町時代から江戸時代へと下るにつれて、庶民文化の広がりとともに次第に「滑稽・おどけ・奇異」の意味へと矮小化されていきました。現在私たちが使う「おかしい」という言葉は、かつて平安貴族が持っていた豊かな美意識のスペクトルのうち、最も卑近な「笑い」の一角だけが切り取られて生き残った残響に過ぎないという事実は、知っておくべき言語文化の盲点と言えます。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。