2005年高校生ドラフト会議において、辻内は読売ジャイアンツとオリックス・バファローズから1巡目指名を受けました。抽選の末に交渉権を獲得した巨人と契約金1億円・出来高5000万円・年俸840万円(金額は推定)という最高条件で仮契約を結び、背番号「39」を背負ってプロの世界へ足を踏み入れます。
しかし、待ち受けていたのは過酷な現実でした。ファームでは先発として起用され、豪快なストレートで三振の山を築く場面も見られましたが、制球の乱れや相次ぐ体調不良に悩まされます。最終的にプロ在籍8年間で一軍公式戦登板はゼロ。ドラフト1位の看板とファンの巨大な期待は、結果として重いプレッシャーとなってのしかかりました。