旧水戸街道約118kmのなかでも、特に往時の佇まいと歴史的重要性を色濃く体感できるのが「千住宿」「松戸宿」「土浦宿」の3拠点です。街道歩き旅におけるハイライトとなる見どころの真相を掘り下げます。
1. 旧水戸街道千住宿:日光街道との「追分」に刻まれた分岐の鼓動
東京都足立区、千住2丁目の交差点を北上し、旧日光街道から東へ鋭角に折れる地点が「水戸街道追分」です。ここには現在も「右 水戸街道」「左 日光道中」と刻まれた石造道標の複製や案内板が設置されており、江戸を出立した旅人がどの道へ進むべきかを見定めた空気感を色濃く残しています。
千住宿は水戸街道の第0番宿とも呼ぶべき存在であり、隅田川を背に宿場町の問屋場が置かれていました。商店街「サンロード千住」を抜けてゆくと、江戸名物の横山家住宅や紙絵馬を今に伝える絵馬屋が立ち並び、江戸東京の都市構造が古道の上に重なり合っている事実を実感できます。
2. 旧水戸街道松戸宿:最後の将軍の実弟が愛した「戸定邸」と水運の街
江戸川を「矢切の渡し」あるいは金町からの渡し舟で渡った先にあるのが松戸宿です。水戸藩主往還の定宿として格式高い本陣が置かれ、千葉県内でも屈指の宿場町として栄えました。
この松戸宿で絶対に見逃せないのが、水戸藩最後の藩主であり、徳川慶喜の実弟である徳川昭武が建設した「戸定邸(国指定重要文化財)」です。明治期に建てられた屋敷でありながら、江戸期から続く徳川家の格式と水戸街道沿岸の景勝を一身に集めた庭園の美しさは圧巻のひと言。宿場町の中央を通る旧道には、伝統的な和菓子店や醤油醸造の問屋跡が点在し、単なるベッドタウンではない豊かな歴史の厚みを見せつけています。
3. 旧水戸街道土浦宿:霞ヶ浦水運と直結した「蔵の街」と現存一里塚
旧水戸街道の中間地点であり、街道随一の規模を誇ったのが土浦城の城下町・土浦宿です。西平集落から中城通り(まちかど蔵周辺)に入ると、空襲や激甚開発を免れた重厚な見世蔵や袖蔵が軒を連ねます。
さらに土浦宿から北へ約5km進んだ「中貫宿」の手前には、国の史跡として整備された旧水戸街道一里塚跡(中貫の一里塚)が完璧な姿で遺存しています。道路の両脇に街道時代の土盛りが一対のまま残り、榎の大木が枝を広げる風景は、近世交通史の生き証人として全国的にも極めて希少な遺産です。