本作がフェミニズム文学の領域において極めて重要な作品として位置づけられる理由は、被害者を「聖人君子」として描かなかった点にある。つばさはごく普通の、少しミーハーで、都会への憧れを抱く等身大の女性だ。これまでの社会では、完璧で落ち度のない被害者だけが同情される傾向があった。しかし本作は、その不条理な前提そのものを打ち砕く。
「頭が悪いから」「隙があったから」といった理由で被害者を責める言説の卑劣さを、本作は痛烈に批判する。どれほど知識や地位があろうとも、他者を人として尊重できない側こそが精神的な貧困に陥っているのだという社会的メッセージは、ジェンダーギャップにおいて課題を抱える現代日本において、今まさに必要とされている警鐘そのものと言える。