『島人ぬ宝』は、2002年7月3日にBEGINの23枚目シングルとしてリリースされ、同年のアルバム『ビギンの島唄 〜オモトタケオ2〜』にも収録されました。この年は沖縄が本土復帰を果たしてからちょうど30年の節目であり、メディア各社や地元関係者から「新しい沖縄を象徴する唄」の制作を熱望されていた時期でした。
しかし、当時の特番インタビューや手記において、比嘉栄昇氏は激しいプレッシャーと自己矛盾に苛まれていたことを明かしています。高校卒業後に上京し、東京でプロミュージシャンとして活動してきた自分たちが、果たして「沖縄の心」を軽々しく代弁してよいのかという強い問いでした。
「島を離れた僕らが、いかにも沖縄を知り尽くしたような顔をして偉そうに歌を作ることはできない」――その苦悩の末に比嘉氏がとった行動が、母校である石垣市立石垣中学校の生徒たちへの協力依頼でした。比嘉氏は担任教諭を通じて、後輩である中学生たちに「島の好きなところ、普段感じていること」をテーマに作文や自由なメモを書いてもらうよう頼み込んだのです。
届けられた大量の原稿用紙やノートの切れ端には、大人が期待するような紋切り型の観光的賛美ではなく、中学生たちのありのままの日常が記されていました。「古典民謡のトゥバラーマを歌えと言われても歌えない」「星の名前もよくわからない」「でも、毎日見ている夕焼けや海の波が好き」。その純粋で無防備な告白を目にした瞬間、比嘉氏の肩の荷が下りたと伝えられています。「知らないことを恥じるのではなく、知らないまま愛しているという事実こそが真実の叫びなのだ」という確信が、あの奇跡的な歌い出しを生み出しました。