医療従事者を目指す学生や一般の患者家族の間で、最も根深く蔓延している誤解が「呼吸不全の患者に高濃度の酸素を吸わせると、二酸化炭素が溜まって昏睡に陥る(CO2ナルコーシスになる)」という画一的な思い込みです。
インターネット上の断片的な情報を鵜呑みにし、「呼吸不全=酸素投与は低濃度から慎重に行わなければならない」と盲信してしまうケースが散見されます。しかし、結論から言えば、純粋な1型呼吸不全におけるCO2ナルコーシス発症リスクの有無について、発症の危険性は「原則として極めて低い」と断言できます。
CO2ナルコーシスとは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの慢性的な2型呼吸不全患者において、すでに血液中に二酸化炭素が高度に蓄積し、二酸化炭素による呼吸中枢刺激が麻痺している状態から生じる現象です。そうした患者は「低酸素」を頼りに呼吸を維持しているため、急激に高濃度の酸素を吸入させると呼吸中枢が「もう酸素は十分足りている」と誤認して呼吸を減弱・停止させてしまいます。
一方、1型呼吸不全では、血液中のPaCO2は正常範囲内(35〜45Torr)か、むしろ過換気によって低下しています。呼吸の駆動源(ドライヴ)は正常に機能しているため、高濃度の酸素を投与したからといって呼吸が止まるような機序は成立しません。むしろ、「CO2ナルコーシスが怖いから」と酸素投与を躊躇したり流量を控えめに設定したりする過剰な警戒こそが、心筋梗塞や低酸素性脳症を誘発する極めて危険な医療的過誤につながります。
ただし、現場で唯一注意しなければならないのは、「1型呼吸不全から呼吸筋疲労によって2型呼吸不全へ移行する瞬間」です。呼吸困難が長時間続き、横隔膜や肋間筋などの呼吸筋が限界を迎えると、換気そのものが低下し、急激に二酸化炭素が体内に溜まり始めます。この境界線を見極めるためには、単にパルスオキシメーターの数字を見るだけでなく、継続的な動脈血ガス分析の基準値のモニタリングが不可欠です。