1992年4月2日午後、映画関係者やファンを震撼させるニュースが列島を駆け巡りました。若山富三郎の死因は急性心不全。享年62歳という、円熟味を増した演技が期待されていた矢先の急逝でした。名優の突然の死に対して「事件性があるのではないか」「何かの発作に巻き込まれたのか」といった憶測も飛び交いましたが、実際のカルテや生前の経過を辿ると、限界近くまで酷使されていた肉体の叫びが浮き彫りになります。
当時、報道各社および主治医が明かした情報によると、若山は長年にわたって重度の糖尿病を患っていました。昭和の名優たちに共通する豪快な飲食習慣、ロケ先での過酷なスケジュール、そして何より役作りのために肉体を徹底して追い込むストイックな姿勢が、知らず知らずのうちに血管系を蝕んでいたのです。
糖尿病の合併症として動脈硬化が進むと、心臓の冠動脈が狭窄し、心筋梗塞や不整脈を引き起こしやすくなります。若山自身も晩年は胸の不快感や動悸、血圧の乱れを訴えており、狭心症の兆候を抱えながら撮影現場に立ち続けていました。激しい立ち回りを自らこなし、痛みを気迫でねじ伏せる武道家精神が、皮肉にも自らの身体の警告シグナルを覆い隠してしまった側面は否定できません。