「おもちゃのまち」という名称から、現在も煙突からモクモクと煙を上げてプラレールやリカちゃん人形を大量生産している光景を思い浮かべる人も少なくありません。しかし、現場の産業構造は大きく様変わりしています。
1980年代後半以降のプラザ合意や円高の進行、そしてアジア諸国の台頭に伴い、玩具の量産ラインは中国やベトナムなどの海外工場へとシフトしました。かつて団地を埋め尽くしていた製造工場は、開発・物流拠点や検品センターへと機能を転換。タカラトミーの関連施設や物流倉庫は現存しているものの、製造業単体の街としての性格は薄れました。
その代わりに街の屋台骨となったのが、1973年に開学した獨協医科大学および獨協医科大学病院です。病床数1,000床を超える北関東有数の特定機能病院として、ドクターヘリの基地病院も担っています。この巨大な医療拠点の存在により、街には数多くの医師、看護師、医学生、医療関連企業の社員が集まるようになりました。
現在の産業団地には、玩具関連にとどまらず、精密機器、電子部品、医療資材、物流関連企業などが進出しています。「おもちゃの夢」を守る文化的なアイデンティティを保ちながらも、経済的な基盤は高度な医療とハイテク産業へと見事な転換を遂げているのが現在のリアルな姿です。