TOKIOというグループの特異性は、メンバー間の年齢差と結成に至る複雑なプロセスにあります。1994年のデビュー当時におけるメンバーの年齢構成は、最年長の城島茂が23歳、山口達也が22歳、国分太一が20歳、松岡昌宏が17歳、最年少の長瀬智也はわずか15歳(高校1年生)でした。
最大で8歳の年齢差があるなか、グループ結成当初のTOKIOは城島、山口、国分、松岡、そして初期メンバーであった小島啓氏の5人で活動を展開していました。当時、長瀬智也はサポートメンバーとしてタンバリンやサイドボーカルを担当しており、正式なメンバーとして固定されていたわけではありませんでした。
しかし、デビューを目前に控えた1994年初夏、小島氏が芸能界を引退し学業に専念することを選択。グループ存続の危機に直面した際、ジャニー喜多川氏とメンバーの間で白羽の矢が立ったのが長瀬智也でした。長瀬の天性のボーカル力と、180cmを超える長身から放たれる圧倒的な存在感を見抜いた上での電撃的なメインボーカル抜擢でした。
当時を振り返る特番インタビューにおいて、城島茂は「最年少の長瀬をいかにボーカリストとして輝かせるかがバンドの生命線だった」と語っており、年長組の確かな演奏技術が若きフロントマンを支えるという独自のグループダイナミクスが、この瞬間に確立されたのです。