東京都杉並区荻窪の閑静な住宅街に佇むこの史跡は、正しくは「荻外荘(てきがいそう)」と読みます。明治から大正期にかけて活躍した元老・山県有朋が「荻窪の外にある別荘」という意味を込めて命名したと伝えられており、昭和初期に公爵・近衛文麿が別邸として購入し、後に本邸として定住しました。
政治の中枢からあえて距離を置いたこの場所は、昭和戦前期において「西の荻窪、東の湯河原」と並び称され、国家の命運を左右する秘密外交や首班指名の舞台となりました。邸宅は太平洋戦争の戦火を免れたものの、戦後は所有者の変遷に伴って一部が解体・移築され、敷地の縮小が進んでいました。
事態が大きく動いたのは、杉並区が2014年以降に土地と建物を段階的に公有化し、2016年に国の史跡へと指定されてからです。区は学術調査と当時の図面、写真、関係者の証言を徹底的に照合し、近衛文麿が居住していた昭和15年〜20年頃の姿を忠実に再現する復元・整備工事を完遂させました。現在は荻外荘公園として広大な敷地が整備され、建物の一般公開が定着しています。