この問題の根底には、日本特有の「母親像」に対する規範も影を落としている。欧米では、妊娠中の女性の体をポジティブに捉える「ボディ・ポジティブ」の文脈で、マタニティフォトが広く受け入れられている。しかし日本では、古くから「母親は謙虚で、目立たず、自己犠牲的であるべき」という無言の圧力が存在する。
お腹を露出してカメラの前に立つ行為は、この「伝統的な母親像」から逸脱しているように見えるのかもしれない。だからこそ、「母親になる自覚が足りない」「はしたない」といった、前時代的な価値観に基づいたバッシングが発生しやすいのだ。ジェンダーギャップや家族観の変化の過渡期にある日本だからこそ、この摩擦はより先鋭化している。