1983年12月1日、尾崎豊はシングル『15の夜』と名作アルバム『十七歳の地図』の同時リリースで衝撃的な音楽界へのデビューを飾りました。当時、青山学院高等部に在籍していた彼は、まだ無名の18歳の高校生でした。
この歴史的なデビュー曲を生み出すきっかけを作ったのが、後に多くの名アーティストを手がけることになるCBS・ソニーの音楽プロデューサー・須藤晃氏です。須藤氏は尾崎の才能を見出し、彼に対して「心に思っていること、日々の鬱屈、嘘偽りのない感情をノートにすべて書き殴ってこい」と指示しました。
尾崎が提出した何冊もの大学ノートには、大人への不満、学校の窮屈さ、友人との夜遊びの記憶がびっしりと書き込まれていました。そのノートの一隅に書かれていた「盗んだバイクで走り去った」という短い記述を須藤氏が見逃しませんでした。「おい、お前バイク盗んだのか?」と問い詰めた須藤氏に対し、尾崎は照れくさそうに「いや、僕じゃなくてツレが…」と説明。須藤氏はその生々しい言葉の引力に着目し、「これをサビの頭に持ってこよう」と提案したことで、日本ロック史に残るパンチラインが結実したのです。