報道が出た直後、最も迅速かつ劇的な動きを見せたのが、高岡さんの当時の夫であった俳優の保阪尚希さんでした。保阪さんは報道翌日に単独で緊急記者会見を開き、詰めかけた無数の報道陣を前に、取り乱すことなく終始極めて冷静な口調で対応しました。
会見で保阪さんは、「彼女(高岡さん)は女優であり、感受性が非常に強い。僕が彼女を縛り付けることはできない」と語り、妻を感情的に糾弾するのではなく、表現者としての特性に理解を示すような異例の姿勢を見せました。しかし同時に、二人の夫婦関係がすでに破綻状態にあったことを明かしました。
保阪尚希さんと高岡早紀さんの離婚理由の本質は、このスキャンダル単体にあったわけではありません。保阪さんの証言によると、二人は騒動以前から「価値観の相違」や「生活のすれ違い」により、家庭内別居に近い状態が続いていました。フライデー報道は、すでに形骸化していた婚姻関係に決定的な幕を引く最後の引き金となったのです。会見からわずか数日後の2004年6月下旬、二人は正式に離婚届を提出し、8年間の結婚生活にピリオドを打ちました。