ことわざに登場する「三文」とは、具体的にどの程度の価値だったのでしょうか。日本銀行金融研究所貨幣博物館の公表資料や歴史経済史の推計データを紐解くと、江戸時代における庶民の金銭感覚が浮き彫りになります。
江戸時代に流通していた庶民の通貨単位「文(もん)」は、寛永通宝などの銅銭1枚に相当します。当時の貨幣価値は時代や米の収穫高、物価変動によって大きく揺れ動きますが、中期(18世紀半ば頃)の米価や町人の生活費を基準に換算すると、1文はおよそ15円から30円程度と試算されます。江戸の名物であった屋台の二八そば(一杯16文)が現代の約400円〜500円に相当することを基準に考えると、このレートは実感に近い数値です。
この基準をもとに「三文」を計算すると、現代の貨幣価値ではわずか「約50円〜90円程度」にすぎません。自販機で缶コーヒー1本すら買えない金額です。また、日本語には「三文判(安価な既製品の印鑑)」「三文芝居(稚拙な安芝居)」「三文文士(売れない三流作家)」といった言葉があるように、「三文」という語は歴史的に「価値が低く、取るに足らないもの」の代名詞として使われてきました。
つまり、「早起きは三文の徳」というフレーズの根底には、「早起きをしたところで、得られるものなど缶コーヒー半分程度の端た金にすぎない」という皮肉と、「それでも全く起きないよりは、数十円分でもプラスになるのだから起きておけ」という庶民の泥臭い現実感覚が同居していたのです。