日本において沙羅双樹の知名度を決定づけたのは、鎌倉時代に成立した軍記物語『平家物語』にほかなりません。冒頭の一節は、中世の日本人が抱いた無常観の極致を表しています。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」
ここで注目すべきは、鐘の声が「耳(聴覚)」を通じて万物の移ろいを告げるのに対し、沙羅双樹は「花の色(視覚)」を通じて栄華の儚さを突きつけている点です。釈迦の入滅時に黄色がかった淡い花がたちまち白色へと変わり果てたという故事を、平清盛をはじめとする平氏一門の栄枯盛衰に鮮やかにオーバーラップさせています。
どれほど圧倒的な権力を誇り、この世の春を謳歌したとしても、永遠に続く繁栄は存在しない。咲き誇った瞬間から崩壊へと向かう命の不可逆性を、劇的な色の変化によって可視化した文学的レトリックといえます。平家物語が描いたこの「盛者必衰」の哲学こそが、日本人の遺伝子レベルに「沙羅双樹=栄光の終焉を告げる哀愁の花」という強固なイメージを定着させました。