村西とおるの波乱に満ちた人生の根底には、貧困に抗い続けた壮絶な生い立ちがあります。福島県いわき市の貧しい家庭に生まれ育ち、高校卒業後に単身上京。百科事典の訪問販売員として頭角を現し、持ち前のトーク力と心理術で全国トップセールスマンへ上り詰めました。
しかし、独立して立ち上げた英会話教材会社が倒産したことを機に、裏ビデオやビニール本を扱う出版ビジネスへと舵を切ります。既成概念を壊す過激な作品作りは常に警察当局とのいたちごっこを生み、生涯で逮捕歴7回、前科を重ねる要因となりました。
なかでも最大の事件となったのが、1980年代後半に起きた「ハワイ事件」です。現地での撮影を巡り、アメリカの司法当局からパスポート偽造や未成年者雇用などの容疑で拘束され、一時は懲役370年を求刑されるという絶体絶命の危機に直面しました。多額の保釈金と腕利き弁護士による司法取引によって実刑を免れたこの一件は、彼の規格外な生き様を象徴するエピソードとして今も語り継がれています。