【驚愕】なぜ四日市の呉服店が巨大イオンに?岡田屋が大躍進した3つの真相

【驚愕】なぜ四日市の呉服店が巨大イオンに?岡田屋が大躍進した3つの真相

【驚愕】なぜ四日市の呉服店が巨大イオンに?岡田屋が大躍進した3つの真相についての疑問解決ガイドを徹底解説します。

終戦後の復興期を経て、地方都市の呉服店から総合スーパー(GMS)への脱皮を図っていた岡田屋に、1960年代後半、未曾有の危機が訪れます。首都圏や関西圏を拠点とする大手スーパーチェーンの急激な全国進出と、資本自由化に伴う海外巨大流通資本の上陸懸念でした。

この地殻変動のなかで断行されたのが、流通業界の歴史を大きく塗り替えたジャスコ岡田屋合併の真相です。1969年、四日市の岡田屋、兵庫県姫路市を拠点とする「フタギ」、そして大阪の「シロ」という有力地方スーパー3社が手を結び、共同仕入れ・共同出資会社として「ジャスコ(JUSCO=Japan United Stores Company)」を設立しました。

当時の常識では、同族経営の地方小売店同士が合併する場合、誰が主導権を握るかを巡って空中分解するのが通例でした。しかし、岡田屋を率いていた経営陣は、創業家による支配や私利私欲を厳しく戒め、「企業の公器化」を掲げて対等合併を貫徹したのです。自社の看板である「岡田屋」の暖簾を潔く下ろし、連邦制の理念のもとで新会社へと合流したこの決断が、今日のイオンへと至る強固なスケールメリットを生み出しました。

中川 明日香
著者

中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。