山崎邦正がお笑いの道を選んだのは1980年代後半のこと。NSC(吉本総合芸能学院)の6期生として入校した彼は、同期の軌保博光と出会いTEAM ZEROを結成した。吉本興業が若手芸人のアイドル化を推進し始めた時期とも重なり、彼らは瞬く間に心斎橋筋2丁目劇場を中心とする劇場アイドルへと駆け上がっていく。
当時のTEAM ZEROは、出待ちの女性ファンが押し寄せるほどの人気を誇っていた。しかし、単なる見た目の美しさだけでは生き残れないのが厳しきお笑い界の現実だった。シュールなコントや洗練された漫才を模索する中、相方の軌保博光が後に映画監督やアーティストへと転身を遂げてコンビは解散。山崎はピン芸人としての道を歩み始めることになった。