慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の発症初期における最大の問題は、自覚症状の曖昧さによる診断の遅れにあります。「平地を歩く分には問題ないが、坂道や階段で異様な息切れを感じる」「休んでも身体の重だるさが抜けない」といった初期症状は、一般的な呼吸器疾患や心疾患、さらには自律神経失調症などと極めて誤認されやすい特徴を持っています。進行すると、胸の圧迫感や乾いた咳、下肢のむくみ(浮腫)、立ちくらみ、重篤な場合には失神発作を引き起こします。
この病気の根本的な引き金となるのが、足の深い静脈に血のかたまりができる深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)です。足で作られた血栓が血流に乗って肺動脈へと運ばれ、急性肺血栓塞栓症を起こした後、数ヶ月から数年をかけて器質化(線維化して血管壁にへばりつくこと)し、慢性的に血管の内腔を狭めてしまうことで発症します。急性期に自覚症状がほとんどなく、知らぬ間に慢性化してしまう患者も全体の約3割にのぼります。
臨床現場でしばしば比較されるのが、同じ肺高血圧症のグループに属する肺動脈性肺高血圧症(PAH)との違いです。どちらも肺動脈の圧力が異常に上昇し右心不全に至る点では共通していますが、発症メカニズムと治療戦略は根本から異なります。
PAHが主に「微細な肺小動脈自体の攣縮や細胞増殖」によって血管が狭くなるのに対し、CTEPHは「器質化した血栓という明確な物理的閉塞物」が存在します。したがって、PAHでは血管拡張薬を中心とした薬物療法が主体となる一方、CTEPHでは血栓そのものを物理的に除去・拡張する外科手術やカテーテル治療が治療の第一選択肢となるのです。