情報通信やハードウェアの領域でも、日本発の技術が人類の行動様式そのものを塗り替えてきた。その最たる例が、現代社会のあらゆる決済・照合プラットフォームの中核を担うQRコード開発の経緯と歴史である。1990年代初頭、自動車部品メーカーのデンソー(現デンソーウェーブ)の開発者・原昌宏氏らは、過酷な工場現場で頭を抱えていた。従来のバーコードでは最大でも英数字20文字程度しか扱えず、複雑化する部品管理のために複数のバーコードを横に並べてスキャンしなければならず、作業員の負担と誤読リスクが限界に達していたのだ。
原氏が目を付けたのは、昼休みに熱中していた「囲碁」の碁盤の目だった。白と黒の石の配置によって膨大な局面を表現できる構造から着想を得て、縦と横の2次元で情報を保持するコードの開発に着手。最大の難関だった「どの角度から読み取っても瞬時に認識させる技術」は、新聞や雑誌の印刷物を徹底的にサンプリングし、印刷界で最も出現頻度が低い「黒1:白1:黒3:白1:黒1」という特定の比率を三隅の「切り出しシンボル(目玉マーク)」に採用することで突破した。特許権を保有しながらも権利行使をせず、仕様をオープンにしたデンソーウェーブの英断こそが、2020年代以降のキャッシュレス決済やワクチン接種証明、工場オートメーションの世界規格へと化けた決定打である。
また、スマートフォン時代の感情表現として辞書にも登録された「Emoji」こと絵文字開発の経緯も、日本特有のコミュニケーション文化から派生したものだ。1999年、NTTドコモがサービスを開始した世界初のモバイルインターネット接続サービス「iモード」の立ち上げメンバーだった栗田穣崇氏らが考案した。わずか12×12ドットの極小グリッドの中に、表情や天候、乗り物などの意味を凝縮させた176個の絵文字群。文字数制限のあった初期の携帯メールで、言葉足らずによる誤解や冷たい印象を和らげる「感情の補助線」として設計された。この176個のオリジナル絵文字は、その後のデジタルカルチャーの地殻変動を起こした歴史的価値が認められ、2016年にニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品(コレクション)に加えられている。
命を救う日本発祥の身近な技術も見逃せない。医療現場や家庭で血中酸素濃度を測る「パルスオキシメーター」は、日本光電工業の研究員であった青柳卓雄氏が1974年に原理を発見・発明した。赤色光と赤外光の吸光度の違いを利用し、皮膚を切開することなく指先を挟むだけで動脈血酸素飽和度を測定するこの装置は、呼吸不全の早期発見に不可欠であり、世界規模の感染症パンデミックにおいても無数の命を救い続けた。