中島らもの傑作小説『今夜、すべてのバーで』が世代を超えて読者の心を掴んで離さない最大の理由は、「生きづらさに対する自己治療(セルフメディケーション)」としての飲酒を、一切の自己憐憫を排して描いている点にあります。
多くの闘病記や啓発本が「酒の害悪と断酒による再生」という直線的な道徳観に終始しがちなのに対し、本作は根本から視座が異なります。主人公が酒に溺れたのは、享楽のためでも意志が弱かったからでもなく、「素面(シラフ)の世界が持つ圧倒的な無意味さと退屈」に耐えかねた結果でした。中島らも自身が生涯抱え続けた双極性障害や神経症の苦悩が、作中の端々から滲み出ています。
読者は、主人公・小島容(こじま・いるる)の破滅的な生活に驚愕しながらも、彼が抱える「世界と自分との間に横たわる違和感」に強い既視感を抱かずにはいられません。救いのない病床の日常を軽妙な会話劇とエスプリに富んだ文体で包み込むことで、読者は恐怖と笑いを同時に味わい、やがて自らの内面にある弱さと対峙させられます。