「市場が失敗するなら、すべてを国家や自治体が管理・監督すればよいのではないか」という極論が散見されますが、これは極めて危険な短絡です。ここで直面するのが政府の失敗との違いです。
政府の失敗とは、市場の歪みを正す目的で介入した政府機関そのものが、情報の不足、政治的利害関係、官僚組織の肥大化によって、市場以上に非効率で偏った資源配分を引き起こしてしまう現象を指します。アメリカの経済学者ジェームズ・ブキャナンらが打ち立てた公共選択論が明かしたように、政策決定に携わる官僚や政治家もまた「自己の利益を最大化しようとする人間」であり、無謬の存在ではありません。
具体例として挙げられるのが、農業補助金や特定業界への参入規制です。国内産業の保護を名目に長年維持された過剰な関税や規制が、かえって生産者の生産性向上を阻み、新規参入を妨げて業界全体を衰退させた事例は枚挙にいとまがありません。また、独占を排除するために設立された規制当局が、時間が経つにつれて監督対象である業界団体に取り込まれ、既存業者の利権を守る側に回る「規制の虜(キャプチャー)」も、深刻な政府の失敗の一形態です。
したがって政策の現場では、政府の介入と規制緩和のバランスを巡る繊細な舵取りが常に問われます。闇雲な規制強化は経済の活力を奪い、無責任な規制緩和は公害や労働搾取を再生産します。「市場に任せるコスト」と「政府が介入するコスト」の双方を天秤にかけ、制度疲労を起こした規制は撤廃しつつ、セーフティネットと公正な競争環境だけを厳格に維持するハイブリッドな設計が求められます。