コント赤信号の歴史は、昭和のお笑い史における大きな転換点と重なります。1977年の結成後、浅草の東洋劇場やストリップ劇場の幕間コントで徹底的に腕を磨いた3人は、1980年の『花王名人劇場』で鮮烈なテレビデビューを飾りました。
彼らの出世芸となったのが「暴走族コント」です。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」「待たせたな!」といったキャッチーなフレーズとともに、渡辺のダイナミックなツッコミ、ラサールのチビ暴走族キャラ、小宮の怪演が一体となり、劇場を爆笑で揺らしました。渡辺の代名詞となったコーラの一気飲みもこの時代に誕生した伝説の芸です。
その後、フジテレビ系『オレたちひょうきん族』のレギュラーに抜擢。ビートたけしや明石家さんまらと共に土曜夜の黄金期を築き上げ、従来の寄席演芸とは一線を画す「シチュエーションコントとナンセンスギャグの融合」を全国に定着させました。