二人の関係の原点は、2008年に遡ります。わずか1週間違いで旧ジャニーズ事務所へ入所した中島健人と菊池風磨は、翌2009年にB.I.Shadow結成の中心メンバーとなり、中山優馬 w/B.I.Shadow、NYC boysとして瞬く間にCDデビューを果たします。この初期段階においては、互いにまだ幼く、無邪気にふざけ合う「仲良しエピソード」が雑誌の取材などでも数多く記録されていました。
空気が一変したのは、2011年秋のSexy Zone結成以降のことです。平均年齢14.4歳という異例の若さでデビューしたグループにおいて、年長組の二人は「グループを牽引しなければならない」という重圧を一手に背負わされました。ここで二人の個性の違いが、次第に決定的な亀裂を生んでいきます。
「王道アイドル」として完璧な王子様像をストイックに追求する中島健人に対し、菊池風磨は慶應義塾大学への進学や等身大の若者らしさ、オルタナティブな音楽性を模索し始めました。方向性の乖離に伴い、顕著に表れたのが菊池風磨から中島健人への呼び方の変化です。当初の親しげな呼び方から、公の場でも突き放すような「中島」呼びへと変わり、目を合わせることすら避けるようになりました。
当時の現場スタッフの証言によれば、以下のような中島健人・菊池風磨の不仲エピソードが日常茶飯事であったと伝えられています。
- 楽屋での完全な没交渉:メイク室や移動車で隣り合っても一言も交わさず、マネージャーを介して業務連絡を行う状態が続いた。
- ステージ上での視線拒絶:背中合わせの歌唱パートでは完璧なパフォーマンスを見せるものの、曲が終わった瞬間に一切のコンタクトを断ち、正反対の方向へ歩き去る。
- インタビューでの冷戦:雑誌の対談取材でも互いの発言に相槌を打たず、編集者が質問を振る順番に細心の注意を払わなければならない現場の緊張感があった。
思春期の自意識の肥大と、お互いがグループ内で放つ異質な光への反発。こうして2013年から2016年にかけて、ファンの間で「ふまけん氷河期」と呼ばれる約3年半の冷戦時代が固定化していきました。