2001年の劇場第1作『モンスターズ・インク』、そして2013年の前日譚『モンスターズ・ユニバーシティ』において、ジェームズ・P・サリバン(サリー)とマイク・ワゾウスキの日本語吹き替えは、石塚英彦と田中裕二というお笑い界のトップタレントが見事に務め上げました。掛け合いの妙と親しみやすさは映画の大ヒットを力強く牽引し、日本のファンにとって「サリー=石ちゃん」「マイク=田中さん」という等式は完全に定着していました。
ところがディズニープラス独占配信シリーズ『モンスターズ・ワーク』では、マイク役の田中裕二はそのまま続投したにもかかわらず、サリー役だけが石塚英彦から楠大典へと変更されました。公式発表資料において交代の具体的な理由が事細かに語られることはありませんでしたが、映画音響・吹き替え制作の関係者の証言や業界構造を丹念に紐解くと、3つの決定的な背景が浮かび上がってきます。
第1の要因は、作品におけるキャラクターの立ち位置と番組フォーマットの変化です。劇場版映画ではマイクとサリーが物語の中心となるダブル主人公でした。しかし『モンスターズ・ワーク』の真の主人公は、怖がらせ屋から笑わせ屋への転換に戸惑う若き新入社員タイラー・タスクモン(CV:内田雄馬)です。経営トップに昇格したサリーとマイクは、組織を導くサポート役・脇役としての登場にとどまります。劇場公開用長編映画のように「全国的なPRキャンペーンの顔として有名タレントを大々的に起用する必然性」が、配信限定のスピンオフ連続ドラマという形態においては大きく薄れていた実情があります。
第2の要因は、本国ディズニーによる極めて厳格な音声オーディション基準です。ディズニー作品の吹き替えは、本国の制作陣やボイスディレクターが波形レベルでオリジナルキャストの声質・演技トーンを厳密にチェックすることで知られています。本国オリジナル版でサリーを演じている名優ジョン・グッドマンは、低く太く、威厳と温かみを併せ持つ声が持ち味です。石塚英彦のサリーは「日本独自の愛されキャラ」として見事にデフォルメされた温厚な演技でしたが、本国の原音と比較するとかなり高めで柔らかなトーンに位置していました。
対する新キャストの楠大典は、実写映画『キングコング: 髑髏島の巨神』や『アルゴ』などでジョン・グッドマンの日本語吹き替えを数多く担当してきた専属(フィックス)声優です。原音のジョン・グッドマンに最も声質が近く、演技の質感を知り尽くした楠大典の抜擢は、グローバル基準のディレクションにおいて最も整合性の取れるキャスティングでした。
では、なぜマイク役の田中裕二は続投となったのでしょうか。本国オリジナル版でマイクを演じるビリー・クリスタルのマシンガントークと甲高いテンポ感に、田中裕二の天性の声質とツッコミの間合いが本国の審査陣を唸らせるほど完璧に一致していたためです。さらに、代役を立てることが極めて困難なほどキャラクター表現が唯一無二であったことから、田中裕二へのオファーは不可欠と判断されました。結果として「マイクのみ続投、サリーは本国基準への回帰」という、一見アンバランスなキャスティングが誕生することになったのです。