稲村亜美の中学時代が壮絶!名門シニアの球速記録と出身校の真相

稲村亜美の中学時代が壮絶!名門シニアの球速記録と出身校の真相

稲村亜美の中学時代が壮絶!名門シニアの球速記録と出身校の真相にまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。

検索エンジンで「稲村亜美中学野球部」と調べる読者が非常に多いのですが、ここには大きな誤解が存在します。彼女は通っていた中学校の校内クラブ活動(軟式野球部)に所属していたわけではなく、学校外の硬式野球クラブチームである「練馬リトルシニア」で活動していました。

なぜ学校の部活動ではなく、あえて厳しい外部の硬式シニアを選んだのでしょうか。そこには中学野球ならではの構造的な事情があります。当時の東京都内の中学校軟式野球部は、まだ女子部員の受け入れ体制や公式戦出場の規定が過渡期にあり、より高いレベルで本格的に野球を続けたい選手にとってはクラブチームの方が門戸が開かれていたのです。

しかし、リトルシニアの現実は甘くありません。平日は学校の授業が終わった後に自主練習を行い、土日は早朝から専用グラウンドや遠征先へ移動して1日中白球を追う生活です。稲村亜美学生時代エピソードとして本人がバラエティ番組等で明かした内容によれば、思春期の真っ只中でありながら日焼け止めを塗る余裕すらなく、「周りがメイクやファッションに目覚める中、自分は毎日ユニフォームの泥汚れをウタマロ石鹸で洗っていた」と振り返っています。

さらに驚くべきは、あれほど打ち込んだ野球を中学卒業と同時に一度きっぱりと辞めている点です。高校からは芸能活動が可能な日出高校へ進み、国士舘大学在学中の2014年に講談社主催のオーディション「Miss iD(ミスアイディ)2014」に選出されてブレイクの足がかりを掴みました。「9年間やり切ったからこそ、高校では新しい世界に挑戦したかった」という潔い転換が、結果として「野球ができる本格派グラビア・スポーツタレント」という唯一無二の市場価値を生み出すことになりました。

林 結菜
著者

林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。