なぜ人は、さほど欲しくもない商品や気乗りしない提案に対して、思わず「YES」と答えてしまうのでしょうか。チャルディーニが本書で提示した最も根底にある概念が、動物行動学の知見を応用した「カチッ・サー(Click, Whirr)」と呼ばれる自動化された行動パターンです。
七面鳥の母親は、天敵であるイタチのはく製を見せると猛烈に攻撃しますが、そのはく製からヒナの鳴き声である「ピーピー」という音声テープを流すと、途端にはく製を抱きかかえて保護しようとします。鳴き声という特定の「引き金(カチッ)」が引かれると、後続の決まりきった行動(サー)が自動的に再生される現象です。
人間も例外ではありません。言語学者エレン・ランガーが行った有名なコピー機の実験では、順番待ちの列で「先にコピーをとらせてくれませんか?」と頼んだ場合の承諾率が60%だったのに対し、「急いでいるので、先にコピーをとらせてくれませんか?」と理由を添えると94%に跳ね上がりました。さらに驚くべきことに、「コピーをとらなければならないので、先にコピーをとらせてくれませんか?」という実質的な理由になっていない言葉であっても、93%の人が要求を受け入れました。「〜ので(because)」というトリガーフレーズが、脳内の合理的な思考プロセスをスキップさせ、無意識の承諾を引き出した明確な証拠です。
情報過多な社会において、すべての意思決定に論理的リソースを割くことは不可能です。脳はエネルギー消費を抑えるためにショートカット(ヒューリスティクス)を多用します。この認知的ショートカットの隙間を的確に突く技術こそが、「影響力の武器」と呼ばれる心理的メカニズムの正体です。