縁日の代名詞ともいえる露店や屋台の風景は、偶然生まれたものではありません。平安時代末期から鎌倉時代にかけて寺社信仰が大衆化すると、縁日に参拝すれば莫大な功徳が得られるという信仰が庶民の間に急速に浸透しました。その結果、特定の日に膨大な参拝客が境内や門前町に殺到する現象が生じます。
人の集まる場所に市(いち)が立つのは経済の必然です。鎌倉期から室町期にかけて境内周辺で日用品や仏具を売る露店商(後の香具師・テキヤ組織)が自律的に形成され、江戸時代に入ると平和な都市構造の中で「参拝のついでに楽しむ娯楽市場」へと発展を遂げました。寺社側にとっても、露店の賑わいがさらなる参拝客を呼び込む相乗効果を生み、境内地の一画を露天商に貸し出すことで境内管理の原資を得るという合理的な共生関係が成立したのです。
神聖な祈りの場である「聖域」と、庶民が飲食や遊戯に興じる「世俗」が境内で見事に融合した空間こそが、現代に続く縁日の屋台文化の正体です。