体罰の根絶や論理的な育成メソッドの確立は、スポーツ界にとって不可欠な前進だった。しかしその一方で、魂を揺さぶるような熱量や、泥臭く食らいつく精神力が失われてしまったのではないかという問いも、現場の指導者たちの間から漏れ聞こえる。
かつて激しい賛否両論を巻き起こした野々村流の指導法は、いま改めて「本気で人と向き合うとはどういうことか」という根源的な問いを突きつけている。失敗を恐れて保身に走る大人が増えた社会において、教え子のためなら悪役に徹することも厭わなかったその覚悟。そこに込められた真意を解き明かすことこそ、現代の育成論が抱えるミッシングリンクを埋める鍵となる。