SNSや大手掲示板、ファンコミュニティにおいて定期的にトレンド入りする「ロンとハーマイオニーの結婚」ですが、発信者の言説を丁寧に分析すると、大きな二つの誤解が流通していることが分かります。
第1の誤解は、「原作者が完全に自作の結末を否定し、結婚させたことを後悔した」という極端な解釈です。ローリングは対談の中で「後悔」という単語を直接用いたわけではなく、「私自身の願望が先行した結果であり、現実の夫婦関係として捉えた際には心理的な摩擦を無視できない」という作家的リアリズムの観点を語ったに過ぎません。しかし、一部のタブロイド紙やバイラルメディアが「J.K.ローリング、ロンとハーマイオニーの結婚を後悔!」とセンセーショナルに報じたことで、文脈が歪められて拡散されました。
第2の誤解は、「映画版のロンの改変」によるイメージの乖離です。映画版の脚本では、原作小説でロンが見せていた機転や魔法界の知識人としての役割の多くが、ハーマイオニーの台詞へと差し替えられました。その結果、映画版のロンは「ただ怯えて間抜けな発言を繰り返すコメディリリーフ」として矮小化されてしまった側面があります。
原作小説を読み込んでいるファン層からは、「原作のロンは誰よりもハーマイオニーの努力や孤独を理解しており、マルフォイがハーマイオニーを『泥小骨』と侮辱した際には真っ先に杖を抜いて嘔吐呪いを浴びせようとした」「あの献身があるからこそハーマイオニーはロンを選んだ」という擁護論が根強く支持されています。ネット上の批判の多くは、映画版の描写によって強調された「能力格差」に起因しているのが実態です。