デルフリ村の住人たちがアルムおんじを異常なまでに恐れ、子どもを近づけさせまいとしていた背景には、彼が背負った暗い過去と根強い悪評が存在しました。
裕福な農家の長男として生まれたおんじは、若い頃に酒や賭け事に溺れて家産を使い果たすという放蕩の限りを尽くしました。その後、故郷を追われるようにしてイタリア・ナポリ軍の傭兵となり、過酷な戦場を渡り歩きます。村で囁かれていた「人殺し」という不気味な噂は、この軍隊時代に酒場の乱闘で相手を死なせてしまったのではないかという疑惑から生じたものでした。
放浪の末に故郷へ戻ったおんじは、残された土地で再起を図り、一人息子のトビアスを授かります。しかし運命は過酷でした。大工となったトビアスが建設作業中の梁の落下事故によって急逝し、そのショックから妻のアーデルハイドも病に倒れて命を落としてしまいます。
最愛の家族を一瞬にして奪われた悲劇に対し、村人たちは慰めるどころか「これまでの悪行への神の天罰だ」と無情な陰口を浴びせました。人間社会への激しい絶望と怒りを抱いたおんじは、信仰を捨て、人里を離れて標高の高いアルムの山小屋へ完全に孤立する道を選んだのです。