世間からの激しいバッシングや人間関係の破綻という過酷なストレスの渦中にあった2002年、高杢禎彦をさらなる悲劇が襲います。極めて進行が早く発見が難しいとされる「スキルス性胃がん」が発覚したのです。診断時にはすでに病状が進行しており、医師からは厳しい余命宣告を突きつけられる絶望的な状況でした。
高杢は8時間以上におよぶ大手術を受け、胃の全摘出に加え、脾臓や胆嚢を同時に切除するという過酷な治療を選択しました。手術は成功したものの、術後の体重は激減し、一時は体力が著しく低下して歩行すら困難な日々が続きました。当時の手記や特番インタビューにおいて、高杢は「夜中に痛みに耐えかねて涙を流した」「死の恐怖に押しつぶされそうになった」と吐露しています。
その過酷な闘病を支え抜いたのが、妻をはじめとする家族の献身でした。食事形態を細かく工夫し、日に何度も少量ずつ栄養を摂取できるようサポートを続けた家族の愛情が、彼の生きる意志を呼び戻しました。過酷な病魔を乗り越えた経験は、それまで彼を縛りつけていた過去の栄光や意地、他者への怒りを削ぎ落とし、「生かされた命を社会のために使いたい」という現在の価値観へと劇的にシフトさせる決定的な転機となったのです。