秋野太作(本名・津坂匡章)の公式な学歴は、東京都立文京高等学校の卒業です。終戦直前の1943年に東京・本所(現在の墨田区)で生まれた彼は、都立高校を卒業した1960年代初頭、大学へ進学することなく国家公務員採用試験を受験し、大蔵省へと入省しました。
高校卒業後に国家公務員として大蔵省へ入省するルートは、いわゆる「キャリア(上級甲種・国家公務員総合職)」ではなく、一般職・初級職員としての採用です。当時の官僚機構において両者の間には明確な業務区分が存在していました。
彼が入省したのは、大蔵省の中でも税務や印刷局などの実務系機関と伝えられています。当時の高卒公務員採用試験は、大学進学率がまだ20%に満たなかった時代背景もあり、全国の優秀な高校生がしのぎを削る超難関でした。東大卒ではないにせよ、選りすぐりの知性を有していたことは紛れもない事実です。