今注目を集めている 歌聖・山部赤人の知られざる真相|下級官吏が遺した富士山と叙景の奇跡について、詳しいまとめを整理して公開しています。
山部赤人が「歌聖」と称される決定打となったのは、平安時代初期に編纂された『古今和歌集』の「仮名序」における紀貫之の評価です。貫之は仮名序の中で次のように記しました。
「人麻呂は赤人が上に立たむこと難く、赤人は人麻呂が下に立たむこと難し」
この評語によって、飛鳥時代末期の宮廷詩人・柿本人麻呂と、奈良時代中期の山部赤人は、和歌の二大巨頭として並び称されることとなりました。しかし、両者が残した歌の特質は対照的と言えるほど異なります。
人麻呂の歌が、皇族の死を悼む挽歌や国家の歴史を背負った重厚な修辞、そして湧き上がる人間的な激情に満ちているのに対し、赤人の和歌は私情を極限まで削ぎ落とした「純粋叙景」に徹しています。自分自身の内面を声高に叫ぶのではなく、眼前に広がる光景を澄み切った水のようにそのまま歌へ写し取る。その客観性と明澄な調べが、後世の貴族たちにとって到達不可能な境地として崇められた要因です。
項目柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)山部赤人(やまべのあかひと)文芸史的な評価と違い活躍年代白鳳期〜奈良時代初期(持統・文武朝)奈良時代中期(神亀〜天平年間・聖武朝)約30年の時代差があり、国家体制の成熟度が反映作歌の中心分野皇室讃仰の公的賛歌、挽歌、相聞歌行幸随行に伴う自然の純粋叙景歌「情念と儀礼」の人麻呂に対し、「風景と写生」の赤人文体・表現技法長大な長歌、重厚な枕詞、対句、躍動的な調べ簡潔な長歌、完成された短歌、絵画的・静謐な調べ赤人の短歌は定型詩としての技巧的完成度が極めて高い自然への眼差し神霊が宿る畏怖の対象、神話的スケール視覚的な美、季節の移ろい、空間の広がり近代の風景画や写真に近い感覚を古代に先取り万葉集収載歌数長歌・短歌あわせて約400首(歌集歌含む)長歌13首、短歌37首(計50首)歌数は少ないが、短歌の打率と完成度が際立つ