アルバム『COVERS』をめぐる騒動の発端は、1988年8月6日の広島原爆の日に予定されていた発売スケジュールにあります。当時RCサクセションが所属していた東芝EMI(現・ユニバーサルミュージック)は、アルバム完成後に突如として発売中止を決定しました。新聞各紙には「素晴らしすぎて発売できません」という皮肉と苦渋が入り混じった異例の意見広告が掲載され、世間に大きな衝撃を与えました。
忌野清志郎 カバーズ 発売中止 理由の核心にあったのは、東芝EMIの親会社である東芝が、東京電力福島第一原子力発電所をはじめとする原子力発電プラントの主要製造メーカーであったという企業構造です。チェルノブイリ原発事故(1986年)の記憶が生々しいなか、清志郎が歌い上げた忌野清志郎 反原発 ソングは、グループ企業の基幹事業に対する直接的な批判と受け止められました。
当時の制作プロデューサーや関係者の証言によると、現場の制作スタッフは作品の芸術性を高く評価していたものの、経営上層部やグループ全体の政治的配慮による強い圧力が働き、東芝EMI 発売禁止 経緯として歴史に残る発売見送りの決断が下されました。清志郎自身も後のインタビューや手記で「レコード会社が音楽ではなく親会社の顔色を見て音源を握りつぶそうとした」と強い憤りを語っています。