夕張市はなぜ、地方自治体として前代未聞の破綻劇へと突き進んでしまったのか。その経緯と構造的要因を振り返ることは、日本全国の地方自治体が直面するリスクを理解する上で不可欠です。
最大の転換点は、基幹産業であった「石炭産業」の崩壊でした。最盛期の1960年には約12万人を誇った人口は、相次ぐ炭鉱の閉山とともに激減。人口流出を食い止めるため、当時の市政が掲げたスローガンが「炭鉱から観光へ」の大転換でした。テーマパーク「石炭の歴史村」をはじめ、スキー場、リゾートホテル、映画祭など、巨額の地方債を発行して次々と大型観光開発へと突き進んだのです。
しかし、バブル経済の崩壊とともに観光客数は激減。巨額の赤字施設群を抱え込んだ市は、破綻を表面化させないため、翌年度の税収を前倒しで充当する「出納閉鎖期日の悪用」や、銀行からの「一時借入金」を別の借入返済に充てる不正な粉飾決算に手を染めました。2006年、ついに資金繰りが完全にショートし、当時の後藤健二市長が総務省に財政再建団体の申請を行うことを表明。表面化した実質的な赤字総額は約353億円(一時借入金等を含めると実質600億円規模)に達し、夕張市は事実上の倒産に追い込まれました。