剣豪・佐々木小次郎の出自を巡っては諸説が存在するものの、最も有力な伝承地のひとつとして数百年以上語り継がれているのが福井県福井市浄法寺町(旧越前国宇坂庄浄法寺村)です。この集落一帯は「小次郎の里」として親しまれ、地域の誇りとして大切に守られてきました。
歴史資料や地域の口伝によると、小次郎はこの地を治めていた富田一族の剣術師範・富田勢源(とだせいげん)、あるいはその高弟であった山崎左近将監らの手ほどきを受け、卓越した中条流(富田流)の小太刀術を学んだと伝えられています。越前朝倉氏の本拠地であった一乗谷は当時、京都に匹敵する高度な武芸・文化の発信地であり、小次郎が若年期に天下一の剣技を磨く土壌が完全に整っていました。
小次郎はやがて小太刀の技を進化させ、自ら三尺余(約90センチ以上)の野太刀「備前長船長光(通称・物干竿)」を自在に操る独自の流派「巌流(岩流)」を創始します。長刀を巧みに操る超絶技巧の原点が、この福井の峻険な谷あいで育まれたという歴史的事実は、現地を訪れる旅人に深いロマンを感じさせます。