山口洋子の表現の原点は、若くしてオーナーママを務めた銀座の高級クラブ「姫」にある。わずか十代の終わりに店を開き、政財界の重鎮から文壇の巨匠、銀幕の大スターまでを虜にしたこのサロンは、単なる社交場にとどまらなかった。夜な夜な交わされる本音と建て前、権力や名声の陰に見え隠れする人間の脆さ。カウンター越しに繰り広げられるドラマのすべてが、彼女にとって無二の創作の血肉となった。
彼女は酒席の華でありながら、冷徹な観察者でもあった。客の些細な仕草やグラスを傾ける指先の迷い、ふと漏れるため息の意味を決して見逃さない。その研ぎ澄まされた人間洞察力こそが、のちに音楽界と文学界の双方を揺るがす強力な武器となっていく。