裁判では、立件された複数の殺人・強姦致死事件について有罪が認められ、1947年10月に東京地裁で死刑判決が言い渡されました。その後、控訴棄却を経て最高裁で死刑が確定します。
当時、日本は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領下にあり、死刑囚の収監および執行施設として東京・池袋の巣鴨プリズンが使用されていました。1949年10月5日、小平義雄に対する死刑執行が厳粛に執り行われました。
死刑壇に消えた殺人犯の最期を見届けた関係者の記録によれば、取り乱すことなく静かに刑を受け入れたと伝えられています。しかし、尊い命を理不尽に奪われた被害者とその遺族の無念が消えることは決してありませんでした。